かきもりニュース

伊丹市制施行80周年記念 鬼貫80句鑑賞文コンテスト優秀賞発表!

(公財)柿衞文庫主催「伊丹市制施行80周年記念 鬼貫80句鑑賞文コンテスト」の優秀賞を決定いたしました。

鬼貫(1661-1738)とは、江戸時代に活躍した伊丹出身の俳人です。このたび、鬼貫の俳句を思い思いの視点で読み説く鑑賞文コンテストを開催いたしました。

同コンテストには、応募者が伊丹市内外より207名あり、応募作品が、252編集まりました。

たくさんのご応募をいただきまして誠にありがとうございました。

優秀賞は、以下の8名に決定いたしました。


最優秀賞
☆尼崎市 吉田芳子さん

鬼貫句「にょっぽりと秋の空なる富士の山」

 富士駅へ向う高速バスで本を読んでいた。ふっと顔を上げると窓に富士がへばりついていた。どっかりでもどっしりでもない。やっぱり、にょっぽりや。徳島生まれの尼崎在住の私は新幹線から見るだけだった富士にさほどの思い入れはなかったが、秋の青空に白い雪をのせた雄大な富士の姿は圧巻だった。柿衞文庫の鬼貫さんの自筆句で、「にょっぽり」という面白い言葉を知った直後の富士との対面だったので、この句には思い入れが強い。

☆三田市 立脇みさをさん

鬼貫句「つくづくと物のはじまる火燵(こたつ)かな」

 こたつは家の中心にある。今はホームこたつという。中では子供たちが、足の押し合し圧し合いで、陣取り合戦だ。結果、大概は上の子たちが負ける。それでいいのだ、お兄ちゃんは偉い。  こたつの中は、ドラえもんの四次元ポケットよろしく、いろいろなものが入っている。  お菓子の欠片からミカンの皮、ミニカー、消しゴムのかす、偶に十円玉も。家族のひと冬を見守っている。ほら、猫もやって来た。


優秀賞
☆伊丹市 南北佳昭さん

鬼貫句「六日八日中に七日のなずなかな」

 一月六日と八日の間の七日は、なずなを打つ七草の行事があるよ、という句意。なずなとは、正月の七日に食する七草がゆに入れる薬草の一つ。「中に七日のなずなかな」と「な」の連続の心地よいリズムと言葉遊びが楽しい。お正月気分も消えようという頃、帰省していた孫たちもいなくなり、部屋にプラレールがぽつりと残るばかり。そんな七草の日にこの句を諳んじれば、気分も少しは軽くなりそうだ。

☆伊丹市 土谷倫さん

鬼貫句「目は横に鼻は縦なり春の花」

 何故こんな当り前のことを句に詠むのだろうか。鑑賞に困っていた時、伊丹市にある曹洞宗荒村寺の住職に「眼横鼻直」を教わった。読んで字の通りだがこの語ほど易しそうで難しい禅語はないと。人の顔の目鼻の位置も読んで字の通りである。季節の花もその時季になれば咲く。私は「眼横鼻直」のようにすべてをあるがままに受け入れているだろうか。今改めて眼は横に鼻は縦にと当り前のことをじっくりと考えて味わいたい句である。

☆神戸市 益田信行さん

鬼貫句「永き日を遊び暮れたり大津馬」

 湖面がキラキラ光っている晩春の夕方。まったりした空気の中で、少し疲れた馬が柵に繋がれている。いつもは重い荷を背負って、逢坂山を越えているのだが、今日は仕事がなく、朝から柵に繋がれたまま。時折周りの草を食べ、ハエやアブと遊ぶのにも飽いたようだ。馬方は一膳飯屋から帰ってこない。鬼貫はそんな馬に「今日はお疲れさん、明日頑張れ」と言っているようだ。私も夕陽に包まれ、疲れた身体がポカポカしてくる。

☆兵庫県立伊丹高等学校 船本久留弥さん

鬼貫句「冬はまた夏がましじゃといいにけり」

 私はこの句を、冬には「冬の寒さより夏の暑さの方がましだ」と言い、また夏には「夏の暑さより冬の寒さの方がましだ」と言っている人を詠んだ句だと解釈しました。誰でも、一回は感じたことがあって、厳しい現実と楽しかった過去のことを比べてぐちをこぼしている人を想像することができ、くすっと笑うことのできる句だと思いました。ある日常のひとコマには、楽しく感じれることや面白いことがつまっていると気付かされました。

☆高槻市 松代享子さん

鬼貫句「そよりともせいで秋たつことかいの」

 「えー!立秋。まだまだ暑いのに」今年の夏は立秋から後、気温40度を記録した。鬼貫も同じ様に「まだ少しも風が吹かないのに立秋になってしまったことだなぁ」と思っていたことに親近感が湧く。当時は何度くらいだっただろうかと興味も湧く。又「ことかいの」は、祖父の「そうかいの」「おせらしなったのぅ」等の言葉を思いだし懐かしい響きがある。鬼貫は優しい方だっただろうと思わせる句である。

☆伊丹市 杤久保恒子さん

鬼貫句「この秋は膝に子のない月見かな」

 つまり、子はもう膝に座ってくれる年齢ではなくなったのか。これは寂しい。自分にも息子がいるが、できればその時がくることは考えたくない。鬼貫という俳人のことは、今回初めて知った。なので本来の詠みとは全く違うかもしれない。しかしもはや彼を他人とは思えない。そう、この一句をもって彼と私は、子どもらの、子どもこどもした時代がいかに儚いかをしみじみ語り合える同士となったのだ。


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