柿衞文庫也雲軒俳句塾のご案内

也雲軒(やうんけん)俳句塾−今、柿衞によみがえる元禄の俳句塾!

 今から300年あまり前の伊丹に「也雲軒(やうんけん)」という俳諧塾(はいかいじゅく)がありました。当時、京で高名な俳諧師であった池田宗旦(いけだそうたん)の号でもあります。宗旦(そうたん)は、延宝2年(1674)の春、その師や同門の仲間とともに訪れた、銘酒の香がただよう伊丹が気に入って、とうとう住みついてしまったのです。也雲軒では、俳諧はもちろん、兼好法師の徒然草などの古典文学が講じられ、伊丹を代表する俳人、鬼貫(おにつら)も学びました。
 也雲軒のくわしいことは不明ですが、伊丹の町の人々が場所や資金を提供して運営したと思われます。のち也雲軒が火事になったとき、まず也雲軒にかけつけてその蔵書を救おうとしたといういかにも「われらの也雲軒を守ろう!」という意気あふれるエピソードが伝わっています。
 当時の学術の中心であり文芸サロンであった也雲軒には、西鶴(さいかく)に代表される諸国の高名な俳諧師も立ち寄り、そのことがまた伊丹の人々への文化的な刺激となって「嵯峨の竹の子のように、太くたくましい」句風をもったいわゆる「伊丹風」俳諧が育ったのです。この也雲軒がいつまで続いたのかはよくわかっていません。

 この文化施設としてたいへん先駆的な也雲軒が、柿衞文庫に文化塾として今よみがえりました。塾頭は「塾頭という名前が気に入って」引き受けて下さった俳人で伊丹大使の坪内稔典(つぼうちとしのり)先生。坪内先生は俳人として、また正岡子規を中心とする近代俳句の研究者としてご活躍ですが、俳句界につねに刺激的な発言、提言をなさっているので、也雲軒では俳句作りのほかに「ことば」にかかわるユニークな試みを行っていす。
 江戸時代には、酒造業を中心として、大きな瓦葺の屋根を白壁ががっしり支えた酒蔵が軒をつらね、山のように酒造米を積んだ荷車が行き交い、酒造り唄がたえまなく響いた柿衞文庫周辺。市立美術館、工芸センターや音楽ホールなどが並ぶこの文化ゾーンから、芸術のさまざまな諸分にわたって、それこそ「太くたくましい」、新しい「伊丹風」の文化がはぐくまれていくことを考えると、まさに也雲軒の現代的復興として、たいへん楽しいことではありませんか。


也雲軒俳句塾の催し

     

第14回鬼貫青春俳句大賞 公開選考会ならびに表彰式(12月16日(土)開催)

第14回鬼貫青春俳句大賞募集【2017年11月15日(水)必着】

第27回鬼貫顕彰俳句 小学校・中学校・高等学校の部 受賞者決定

若手による若手のための俳句講座「俳句ラボ」 受講生募集!

第13回鬼貫青春俳句大賞に山形県のうにがわ えりもさん


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